小山市、我が町。行政による積極的な企業誘致と大胆な土地区画整理事業のシナジーから流入人口が増加。東北新幹線が開通以来年々首都圏へのベッドタウン化が進んだ。 その結果、多くの自治体が人口減少に悩む中、小山市は人口増加を実現し、一部地域では小学校の校舎増築も行うほどだ。 一方、男女共同参画の先進都市として行政組織には県都宇都宮を上回る女性管理職がいる。 そして、待機児童解消にも大きな実績を上げた。今、この街は新しい歩みを始めつつある。行政や土地の人々は人口16万の県内第2の都市と胸を張る。この町の生まれではないが、ついの住処となったこの町の良さを再発見したい。そんな思いで、写真を撮り、この町の良さを広くアピールしたい。
2016年4月1日金曜日
2016年3月30日水曜日
2016年3月29日火曜日
2016年3月27日日曜日
2016年3月17日木曜日
2015年12月7日月曜日
小山市の原風景 旧思川
かつて、思川は間々田の乙女付近から下流、楢木、生井地区内で大きく蛇行して渡良瀬川へと通じていた。 このため、洪水の常襲地帯であった。
明治の終わりに発生した大洪水を契機に治水対策として乙女地区から野木町友沼、及び、野渡地区内を真っすぐに通す思川付け替えを行った。完成は1923年、その結果旧思川の一部が下生井地区に残された。
生井は古くからの集落で、農業の傍ら、養蚕や川魚漁を生業としつつ、洪水と闘ってきた人々の生活文化を今も残す。
そして小山の原風景ともいえる美しい景観も残されている。
現在は、「生井ふるさと公園」として市民の憩いの場となっている。

長盛橋付近の風景、どこか懐かしさを覚える景観だ。

旧思川の両岸は散策路になっている。
明治の終わりに発生した大洪水を契機に治水対策として乙女地区から野木町友沼、及び、野渡地区内を真っすぐに通す思川付け替えを行った。完成は1923年、その結果旧思川の一部が下生井地区に残された。
生井は古くからの集落で、農業の傍ら、養蚕や川魚漁を生業としつつ、洪水と闘ってきた人々の生活文化を今も残す。
そして小山の原風景ともいえる美しい景観も残されている。
現在は、「生井ふるさと公園」として市民の憩いの場となっている。

長盛橋付近の風景、どこか懐かしさを覚える景観だ。

旧思川の両岸は散策路になっている。
2015年4月22日水曜日
小山市、サイクルスポーツの好適地
宇都宮ブリッツェンなどプロ・サイクル・スポーツの隆盛で、サイクリング愛好者が増えている。
春真っ盛りの一日、小山市の中央を流れる母なる川、思川沿いのサイクリング・コースを走った。
小山市総合公園から思川に沿って南下し、渡良瀬遊水地までのコースだ。
およそ10キロの堰堤上のコースは全て舗装され、しかも、自動車の通行は規制されているので、初心者からベテランまで、快適なツーリングが楽しめる。
春真っ盛りの一日、小山市の中央を流れる母なる川、思川沿いのサイクリング・コースを走った。
小山市総合公園から思川に沿って南下し、渡良瀬遊水地までのコースだ。
およそ10キロの堰堤上のコースは全て舗装され、しかも、自動車の通行は規制されているので、初心者からベテランまで、快適なツーリングが楽しめる。
総合公園から5キロ、コースの中間点にある乙女河岸跡の休憩所。ここは江戸時代には舟運で発展した場所であったことが説明されている。 日光街道間々田宿と併せてかつては人や物の往来が盛んだったことが偲ばれる。
乙女河岸跡の休憩所から乙女大橋と太平山を望む。 菜の花の絨毯が美しい。 ここまでは思川左岸を走ってきたが、渡良瀬遊水地へは、ここから乙女大橋を渡って右岸を走ることになる。
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