小山市、我が町。行政による積極的な企業誘致と大胆な土地区画整理事業のシナジーから流入人口が増加。東北新幹線が開通以来年々首都圏へのベッドタウン化が進んだ。 その結果、多くの自治体が人口減少に悩む中、小山市は人口増加を実現し、一部地域では小学校の校舎増築も行うほどだ。 一方、男女共同参画の先進都市として行政組織には県都宇都宮を上回る女性管理職がいる。 そして、待機児童解消にも大きな実績を上げた。今、この街は新しい歩みを始めつつある。行政や土地の人々は人口16万の県内第2の都市と胸を張る。この町の生まれではないが、ついの住処となったこの町の良さを再発見したい。そんな思いで、写真を撮り、この町の良さを広くアピールしたい。
2016年4月6日水曜日
2015年12月7日月曜日
小山市の原風景 旧思川
かつて、思川は間々田の乙女付近から下流、楢木、生井地区内で大きく蛇行して渡良瀬川へと通じていた。 このため、洪水の常襲地帯であった。
明治の終わりに発生した大洪水を契機に治水対策として乙女地区から野木町友沼、及び、野渡地区内を真っすぐに通す思川付け替えを行った。完成は1923年、その結果旧思川の一部が下生井地区に残された。
生井は古くからの集落で、農業の傍ら、養蚕や川魚漁を生業としつつ、洪水と闘ってきた人々の生活文化を今も残す。
そして小山の原風景ともいえる美しい景観も残されている。
現在は、「生井ふるさと公園」として市民の憩いの場となっている。

長盛橋付近の風景、どこか懐かしさを覚える景観だ。

旧思川の両岸は散策路になっている。
明治の終わりに発生した大洪水を契機に治水対策として乙女地区から野木町友沼、及び、野渡地区内を真っすぐに通す思川付け替えを行った。完成は1923年、その結果旧思川の一部が下生井地区に残された。
生井は古くからの集落で、農業の傍ら、養蚕や川魚漁を生業としつつ、洪水と闘ってきた人々の生活文化を今も残す。
そして小山の原風景ともいえる美しい景観も残されている。
現在は、「生井ふるさと公園」として市民の憩いの場となっている。

長盛橋付近の風景、どこか懐かしさを覚える景観だ。

旧思川の両岸は散策路になっている。
2010年11月3日水曜日
アサザ咲く旧思川

洪水対策等の目的から河川改修が行われ、思川は蛇行していた本来の流れより東側に移り現在あるように渡良瀬遊水地へと通じる真っ直ぐな流れとなった。そして残されたのはこの旧思川である。細長い沼のような形で残り、周囲は葦、蓮、アサザなどの水生植物が繁茂し自然豊かである。また、鮒などの格好の釣り場としても訪れる地元の人が多い。近くには無料の貸し自転車も用意され、下生井地区内や渡良瀬遊水地周辺へのサイクリングにも便利である。さらに、渡良瀬遊水地の堤防には里親制度による思川桜の植樹がおこなわれ、数年後には思い川緑地同様、格好の花見の場所となるに違いない。
Taken by Olympus Pen E-P1 with M.Zuiko Digital 14-42mm 1:3.5-5.6, 1/90 f/13 ISO100, Aperture-priority AE
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